しらこにっき

独身アラサー女、ドラマから人生を学ぶ。

【ネタバレ】「初恋の悪魔」7話レビュー。人は記憶で出来ている。

「初恋の悪魔」7話の考察・レビューです。

人って、記憶で出来てるでしょ?

というヘビ星砂のセリフにすべてが集約されているような7話でしたね。

  • 目の前から消えた愛する人から、「私には思い出がある」と言われる馬淵。
  • いま目の前にいる愛する人から、「私たちには何も思い出はありません」と言われる鹿浜。

文字どおり「目の前にいる」ということは、私たち人間同士のつながりにおいて、それほど重要なことじゃないのかもしれない

そんなことを考えた回でした。

 

 

「初恋の悪魔」7話考察・レビュー

馬淵はかわいそうな人なのか?

私から見ると、馬淵はぜんぜんかわいそうな人なんかじゃない。

物体をともなった愛する人は消えてしまっても、手紙を読んでいたとき、トラ星砂は確かに馬淵のそばにいた。目には見えなくても。

愛する人が自分の元から消えてしまうのは悲しいことだけど、「目の前からいなくなること」は、「自分のそばからいなくなること」ときっとイコールではない。

「私には思い出がある。しかも私の思い出は私だけのものじゃない。それが嬉しい。これ以上があるか?」

とトラ星砂が言っていたけれど、馬淵の中に「思い出」が残っている限り、星砂のぬくもりは存在し続けるからだ。

「思い出」は、現在を生きる私たちと共にあるものであって、決して過去のものじゃないと私は思う。

「思い出」の残らない時間を、鹿浜はどう受け止めるのか

対して鹿浜はどうだろう。

たとえ「私たちには何も思い出はありません」と言われても、いま目の前に愛する人がいる鹿浜は幸せな人なんだろうか。私にはそうは思えない。

ここで冒頭の星砂のセリフに戻る。

人って、記憶で出来てるでしょ?

としたら、「思い出」の残らない時間は、初めから存在しないことと同じじゃないか。

ヘビ星砂がリサに再会したとき、「おかえり」という言葉が出てきたのは、リサにヘビ星砂と一緒に過ごした「思い出」があるからだ。

鹿浜は、星砂に「おかえり」とは言えない。

育まれていく関係性の中で、「寝室で寝てください」という言葉も受け入れてはもらえない。

どれだけの時間を一緒に過ごしても、ふたりの間に何かが積み重なっていくことはない。

恋をしている鹿浜にとって、こんなに苦しいことなんて、ないじゃないか。

それでも一緒に暮らし、抱きしめ、リサへの想いを一緒に背負おうとする。

それはヘビ星砂のためだけを考えているからに他ならないだろう。

 

 

馬淵の歪さはいつかの私かもしれない

馬淵はヘビ星砂に、言ってはいけないことを言ったと私は思う。

自分がいくら傷ついたからって、他の人を傷つけていい理由にはならない。

それは鹿浜が過去に出会ったおばあさんと同じだ。

自分の子どもが事故で亡くなったからって、誰かを監禁していいわけじゃない。

「あなたはそこにいちゃいけない人なんです」

なんて、自分が大切な人を失ったからって言っていいわけじゃない。

と、テレビの向こう側からは、はっきりとそう思える。

馬淵のやっていることを、間違いだと批判できる。

それでも馬淵に光を見たいと思ってしまうのは、自分にもその"スイッチ"がないとは言い切れないからだ。

自分がいくら傷ついたからって、他の人を傷つけていい理由にはならない。

というのは綺麗ごとだ。分かっているけど傷つけてしまうのが人間なんだと思う。

世の中に"いい人間"も"悪い人間"もいない。"罪を犯してしまった人間"がいるだけだ。

歪で、矛盾していて、自分を守るために誰かを傷つけてしまう馬淵は、いつかの私なのかもしれない。

おわりに

私は「ドラマは綺麗事を描くものであってほしい」と考えているので、いい人でも悪い人でもない登場人物たちが、少しでも幸せであってくれたらいいなと思っている。

だからもうね、わたしが願うことはただ一つ。

彼らがこれからも、友達でいられますように。

肩組んでチェリーを歌った思い出があるからね、きっと大丈夫だと信じています。

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「初恋の悪魔」概要

2022年7月期 日本テレビ系ドラマ「初恋の悪魔」
放送日:毎週土曜日22:00~
主演:林遣都、仲野太賀
脚本:坂元裕二(「大豆田とわ子と3人の元夫」「カルテット」など)
プロデュース:次屋尚、池田偵子
演出:水田伸生、鈴木勇馬、塚本連平
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