しらこにっき

独身アラサー女、ドラマから人生を学ぶ。

【ネタバレ】「初恋の悪魔」7話レビュー。人は記憶で出来ている。

「初恋の悪魔」7話の考察・レビューです。

人って、記憶で出来てるでしょ?

というヘビ星砂のセリフにすべてが集約されているような7話でしたね。

  • 目の前から消えた愛する人から、「私には思い出がある」と言われる馬淵。
  • いま目の前にいる愛する人から、「私たちには何も思い出はありません」と言われる鹿浜。

文字どおり「目の前にいる」ということは、私たち人間同士のつながりにおいて、それほど重要なことじゃないのかもしれない

そんなことを考えた回でした。

 

 

「初恋の悪魔」7話考察・レビュー

馬淵はかわいそうな人なのか?

私から見ると、馬淵はぜんぜんかわいそうな人なんかじゃない。

物体をともなった愛する人は消えてしまっても、手紙を読んでいたとき、トラ星砂は確かに馬淵のそばにいた。目には見えなくても。

愛する人が自分の元から消えてしまうのは悲しいことだけど、「目の前からいなくなること」は、「自分のそばからいなくなること」ときっとイコールではない。

「私には思い出がある。しかも私の思い出は私だけのものじゃない。それが嬉しい。これ以上があるか?」

とトラ星砂が言っていたけれど、馬淵の中に「思い出」が残っている限り、星砂のぬくもりは存在し続けるからだ。

「思い出」は、現在を生きる私たちと共にあるものであって、決して過去のものじゃないと私は思う。

「思い出」の残らない時間を、鹿浜はどう受け止めるのか

対して鹿浜はどうだろう。

たとえ「私たちには何も思い出はありません」と言われても、いま目の前に愛する人がいる鹿浜は幸せな人なんだろうか。私にはそうは思えない。

ここで冒頭の星砂のセリフに戻る。

人って、記憶で出来てるでしょ?

としたら、「思い出」の残らない時間は、初めから存在しないことと同じじゃないか。

ヘビ星砂がリサに再会したとき、「おかえり」という言葉が出てきたのは、リサにヘビ星砂と一緒に過ごした「思い出」があるからだ。

鹿浜は、星砂に「おかえり」とは言えない。

育まれていく関係性の中で、「寝室で寝てください」という言葉も受け入れてはもらえない。

どれだけの時間を一緒に過ごしても、ふたりの間に何かが積み重なっていくことはない。

恋をしている鹿浜にとって、こんなに苦しいことなんて、ないじゃないか。

それでも一緒に暮らし、抱きしめ、リサへの想いを一緒に背負おうとする。

それはヘビ星砂のためだけを考えているからに他ならないだろう。

 

 

馬淵の歪さはいつかの私かもしれない

馬淵はヘビ星砂に、言ってはいけないことを言ったと私は思う。

自分がいくら傷ついたからって、他の人を傷つけていい理由にはならない。

それは鹿浜が過去に出会ったおばあさんと同じだ。

自分の子どもが事故で亡くなったからって、誰かを監禁していいわけじゃない。

「あなたはそこにいちゃいけない人なんです」

なんて、自分が大切な人を失ったからって言っていいわけじゃない。

と、テレビの向こう側からは、はっきりとそう思える。

馬淵のやっていることを、間違いだと批判できる。

それでも馬淵に光を見たいと思ってしまうのは、自分にもその"スイッチ"がないとは言い切れないからだ。

自分がいくら傷ついたからって、他の人を傷つけていい理由にはならない。

というのは綺麗ごとだ。分かっているけど傷つけてしまうのが人間なんだと思う。

世の中に"いい人間"も"悪い人間"もいない。"罪を犯してしまった人間"がいるだけだ。

歪で、矛盾していて、自分を守るために誰かを傷つけてしまう馬淵は、いつかの私なのかもしれない。

おわりに

私は「ドラマは綺麗事を描くものであってほしい」と考えているので、いい人でも悪い人でもない登場人物たちが、少しでも幸せであってくれたらいいなと思っている。

だからもうね、わたしが願うことはただ一つ。

彼らがこれからも、友達でいられますように。

肩組んでチェリーを歌った思い出があるからね、きっと大丈夫だと信じています。

(↑ドラマ感想つぶやいてるので、気になったらTwitterフォローしていただけるとめちゃくちゃ喜びます!)

「初恋の悪魔」概要

2022年7月期 日本テレビ系ドラマ「初恋の悪魔」
放送日:毎週土曜日22:00~
主演:林遣都、仲野太賀
脚本:坂元裕二(「大豆田とわ子と3人の元夫」「カルテット」など)
プロデュース:次屋尚、池田偵子
演出:水田伸生、鈴木勇馬、塚本連平
↓6話感想はこちら

【ネタバレ】「初恋の悪魔」6話考察。ヘビ女は悪者だったのか?

「初恋の悪魔」6話の考察・レビューです。

鹿浜が、星砂が「2人いる」ことも、星砂の過去も、余計な言葉は言わず過剰に反応もせず、ただフラットに受け入れた姿にぐっときました。

ただ、対照的な馬淵の優しさにぐっときた人もきっといるはずです。

何を「優しさ」と受け取るか、その人をどんな人だと切り取るのか。

自分が他人をどう見ているのか?という視点に気付かされるドラマだなあ、と6話でつくづく思いましたね。

そんなことを以下、つらつらと書いてます。

 

 

「初恋の悪魔」6話考察・レビュー

馬淵と鹿浜、それぞれの優しさ

  • 馬淵は星砂に、「根拠のない大丈夫は、優しさでできてます」と言う。
  • 鹿浜は星砂に、「信じきることはできないけど、もしまた君がいなくなることがあったら後は引き継ぎます」と言う。

どちらも星砂を想う気持ちから出たものだけど、言葉の表し方はこうも違う。

馬淵と鹿浜にはそれぞれの正義があって、その正義に基づく優しさの示し方が違っているのだ。

正義というのは、人の数だけある。

だからもちろん、言葉を受け取る側の人間にも正義があるわけで、その言葉を優しいと感じるかどうかは人によって異なるはずだ。

ふたりの間にある言葉や行動を、同じように「優しい」と思えた人間同士が、結びつくのかもしれない。

  • 馬淵の感情的な優しさに反応するトラ星砂と、距離をとるヘビ星砂。
  • 鹿浜の理性的な優しさに反応するヘビ星砂と、惹かれなかったトラ星砂。

同じ「優しさ」であっても、それを「優しさ」として受け取るかどうかは人によってそれぞれだ。

つまり、「優しさ」は言葉や行動それ自体ではなくて、受け取り手の切り取り方によって決まるといえる。

この人は優しい/優しくないというように、白か黒かで語れるものではない。

グレーであって、グラデーション的なものなのだと思う。

ヘビ女は悪者なのか

けれど私たち人間は、他人のことをしばしば決めつけてしまう生き物だ。

「初恋の悪魔」6話は、特にそれを気付かせてくれる回になっていた。

私たちはこれまで「ヘビ女」がどんな人物なのか、トラ星砂の言葉からしか知ることしかできなかった。

そうやって間接的に、断片的に切り取られた「ヘビ女」像はどうなっていただろうか。

「ブランドを買いこむ派手な人」「ヘビ女と呼ばれ恨まれるような人」のような、ネガティブなイメージを描いていなかっただろうか。

6話ではヘビ星砂の過去が一気に語られ、切実に生きてきた想いを知り、今までのイメージを一気に覆す展開になっていた。

私たちは知らず知らずのうちに、ヘビ女のことを勝手に決めつけていたのだ。

 

 

署長、朝陽、馬淵、森園……善か悪か?

これからどんどん、そういうイメージの反転が起こっていきそうな予感がする。

署長の善と悪。それから正義感が強いまじめな警察官だったと思われる朝陽は、リサをどのように巻き込んでいったのか。

いつもニコニコして感情をためこんでいた馬淵は、ついに人をなぐる。

ヤバいやつだと思っていた森園は、ある事件に責任感を覚えている元弁護士だった。

でも忘れないでおきたいのは、どちらが本性ということではなく、あくまでグラデーションだということだ。

5話で登場したおばあさんは、監禁して犯罪を犯すような極悪人だったのか、鹿浜に愛情をたっぷり注ぐ心底優しい人だったのか? といえば、そのどちらでもないだろう。

「人を殺す動機があるぐらい普通です」という馬淵の言葉もあったけれど、優しい部分も優しくない部分も人間にはそれぞれあって、ある瞬間にある他人からどう切り取られるのか、というただそれだけなのだ。

4人の「友達」は「友達」のままでいられるのか

それでも私たちは、善か悪かもわからない他人と出会い、関わりあいながら生きていくことになる。

そのとき、他人を疑い続けていたらキリがない。

だって、私たちは「人を殺す動機があるぐらい普通」なのだから。

それでも、誰かと向き合ったその瞬間に確かに感じた優しさをもって、その人を信じられるかどうか。

それには勇気が必要だ。5話で「カラオケ行く?」という言葉に「いいよ」と返した鹿浜のように。

ヘビ星砂が現れて、馬淵とトラ星砂はどうなるのか。

鹿浜とトラ星砂の関係によって、4人の「友達」はどうなるのか。

グラデーションのように変わり続けていくお互いを、どのように受け入れ合っていくのか。

とにもかくにも、4人の行く末を見守りたい。

おわりに

星砂の回想シーンを観ていて、こんなドラマ大衆ウケするわけないな~とぼんやり思ったりしてました(褒めてる)。

ぼんやり観てたら訳のわからないようなドラマを、うっかり地上波22時で放送したりするから連ドラウォッチャーはやめられないんだよな。

それにしても、満島ひかりってなんなんでしょうね。

立ち姿だけであんなに痛みと希望をたたえている人、ちょっと他に知らないかもしれないです。

↓Twitterでもドラマの話あれこれしてます。

「初恋の悪魔」概要

2022年7月期 日本テレビ系ドラマ「初恋の悪魔」
放送日:毎週土曜日22:00~
主演:林遣都、仲野太賀
脚本:坂元裕二(「大豆田とわ子と3人の元夫」「カルテット」など)
プロデュース:次屋尚、池田偵子
演出:水田伸生、鈴木勇馬、塚本連平

↓第5話考察はこちら

【2022年10月期】ドラマ好きが選ぶ!おすすめ秋ドラマ4つ(随時更新)

日々ドラマのことを考えているアラサー女・しらこが注目する、おすすめ2022年秋ドラマをご紹介します(随時更新)。

 

 

2022年10月期 注目おすすめ秋ドラマ!

月曜21時

フジ「PICU 小児救急治療室(仮)」

テレビドラマとしては2021年の大河「青天を衝け」以来、待ってましたの吉沢亮です。

「監察医 朝顔」チームが手掛けるということで、じんわりあったかせつな系のドラマになるのかなと。

吉沢亮、映画「キングダム」での一人二役のお芝居がとても良かったので楽しみ。

北海道が舞台、というのがいいですね。

吉沢亮、めちゃくちゃ東京顔なのに北海道に愛されてるな。

キャスト:吉沢亮
脚本:倉光泰子(「純愛ディソナンス」「今際の国のアリス」など)
プロデュース:金城綾香(「監察医 朝顔」、「グッド・ドクター」など)
演出:平野眞(「監察医 朝顔」「SUPER RICH」など)

月曜22時

フジ「エルピス ー希望、あるいは災いー」

私の敬愛する長澤まさみ様が主演!!!というわけで言わずもがな観る。

長澤まさみが演じる役の説明が↓なのですが、

入社当初は、抜群の容姿と好感度の高さから「10年に一人の逸材」と持てはやされ、本人の報道志向もあり、ゴールデンタイムのニュース番組のサブキャスターを務める。

しかし、複数番組を担当する激務のなかで次第に疲弊していき、徐々に人気に陰りが見え始めたところで、週刊誌に路上キス写真を撮影され、ニュース番組を降板

――公式HPより抜粋

最高すぎませんか???

思わず文字を大きくしてしまうほど最高なのですが。

長澤まさみほど、「逸材」と「人間的」を両立できる女優はいない。

そしてプロデュースが「大豆田とわ子と三人の元夫」や「カルテット」を手掛けた、カンテレの佐野亜裕美さんです。

2017年にはもう脚本を作っていたようで、個人的に今期一番の期待作です。

そして演出、大根さんなんですね!

シリアス系かと思っていたけれど、ポップな社会派エンタメ作品になりそうだ。

キャスト:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平
脚本:渡辺あや(「今ここにある危機とぼくの好感度について」「カーネーション」など)
プロデュース:佐野亜裕美(「大豆田とわ子と三人の元夫」「カルテット」など)
演出:大根仁(「いだてん」「モテキ」など)

 

 

水曜22時

日テレ「ファーストペンギン!」

シングルマザーで漁師の女性のお話とのことですが、なんと実話。

民放の連ドラで実話が珍しいのと、脚本が森下佳子さんなので見てみようかなと。

奈緒さん、ついに民法連ドラ初主演まで上り詰めたか。

キャスト:奈緒、堤真一
脚本:森下佳子(「天国と地獄〜サイコな2人〜」「義母と娘のブルース」など)
プロデュース:森雅弘(「恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~」など)、森有紗
演出:内田秀実(「悪女(わる) ~働くのがカッコ悪いなんて誰が言った?」など)、小川通仁など

日曜21時

TBS「アトムの童」

山﨑賢人が民放の連ドラに帰ってきたー!!!

山﨑賢人はもう、映画か有料コンテンツにしか出ないのかとてっきり思ってました。

若き天才ゲーム開発者が主役のお話とのことですが、日曜劇場では「マイファミリー」以来の短期スパンでのご登場。誘拐されたりしない?大丈夫?

そして共演に松下洸平岸井ゆきの!これはアツい。

山﨑賢人の連ドラといえば「トドメの接吻」が大好きなのですが、「グッド・ドクター」での熱演も忘れられない。

久しぶりの連ドラofザキヤマを楽しみたいと思います。

キャスト:山﨑賢人、松下洸平、岸井ゆきの
脚本:神森万里江(「やんごとなき一族」「この恋あたためますか」など)
プロデュース:中井芳彦(「妻、小学生になる。」「この恋あたためますか」など)、益田千愛
演出:岡本伸吾(「この恋あたためますか」など)、山室大輔(「俺の家の話」など)、大内舞子(「TOKYO MER」など)、多胡由章

 

 

おわりに

まだ情報解禁になっていない枠も多い2022年秋ドラマですが、すでに4つも注目作があって困っちゃう(笑顔)。

しかもこの4作品、どれも原作なしのオリジナル脚本なんですよね。

スタッフ陣が数年前から準備に準備を重ねて作り上げているドラマたちを、秋もたっぷり愛でていきたいと思います。

【ネタバレ】「初恋の悪魔」5話考察。CHE.R.RYの歌詞がドラマのテーマ?

「初恋の悪魔」5話。

4話の感想で、〈「初恋の悪魔」では、消えていく・入れ替わっていく人格と、残っている・いま現れている人格を受け入れていく様を見せてくれたりするんでしょうか?〉と書いた。 

「なんだこのドラマ……」と息切れしてしまうほどのとんでもない回を観終わって、

「いま自分に見えている面を、信じて受け入れること」

というのがこのドラマの一つのテーマなのかな、と思い始めている。

それを前提に、今回の5話を振り返ってみたい。

 

 

「初恋の悪魔」5話考察

①鹿浜とおばあさん

鹿浜は、人から「気持ち悪い」「変人」と言われ続けていた。

おばあさんは、過去の出来事から復讐心にとらわれていた。

けれどお互いが出会った時、相手のそんな過去は知らない。

鹿浜は、「私とおんなじ」と自分を受け入れてくれたおばあさんを信じられた。

おばあさんは、自分と同じように他人を拒否する鹿浜を「おかしな子」と言って受け入れた。

その二人の関係に、それぞれの過去は関係がない。

いま自分に見せている顔、いま自分にしてくれたこと、それが全て。

その全てがたがいに影響しあって自分も変わっていく。

それはまさに「人と人との出会いの、美しいところ」なんじゃないだろうか。

②馬淵と星砂

馬淵にとって、いま見えているのは星砂という人格だ。

そんな星砂に、馬淵は言う。

僕が好きになった人が、兄を殺したとは思えません

根拠はつまり、この人が好きだという気持ちです

「好き」という感情を理由にして、いま自分に見えている星砂を信じる、と言う。

私は馬淵のこの言葉が少し怖かった。

ヘビ女のほうが馬淵に見えてしまったら、「好きだという気持ち」はどこにいってしまうんだろう。

もし星砂の人格が消えてしまったら。「好き」が消えてしまったら、どうなるの?

と思うからだ。

きっと同じような不安を星砂は感じたんだろう。

私に何があっても、私のこと覚えててくれるかな

という星砂に対して、

覚えなくたって、忘れるわけないじゃないですか

と馬淵は言う。

いま自分に見えている人格が消えて、ヘビ女といわれる星砂が目の前に現れた時、馬淵の感情はどのように変化していくんだろうか

ヘビ女の人格もまるごと、星砂という存在として受け入れていくんだろうか?

③CHE.R.RYの歌詞に隠されていること

印象的だったCHE.R.RYのシーン、わざわざ2番の歌詞が切り取られていた。

2番にはこんな歌詞がある。

ウソでも信じ続けられるの 好きだから

この歌詞、上で引用した馬淵の言葉を思い出させる。

まさにこのドラマのテーマと通じるものがある一節だ。

そしてCHE.R.RYを肩組んで歌うシーンは、まさにこの歌詞がぴったりだ。

この4人、たまに集まって捜査会議を開くだけである。

それぞれの過去、抱えているトラウマ、どんな思いで生きているかなんて、きっとこれっぽっちも話したことはない。

ただ、一緒に過ごす時間のなかで漏れ出てしまう空気だけでつながっている。

言い換えれば、「なんか嫌いじゃない」。もっと言えば、「なんか好き」

そういう気持ちだけでつながっている4人が、同世代の共通言語であるCHE.R.RYを肩を組んで歌う。

なんか好きだからこそ、虚構かもしれないけれど確実に存在したその時間を、信じられるんだろう。

 

 

「初恋の悪魔」とアラサーとCHE.R.RY

さてまじめに語ってしまったけれど、CHE.R.RYのシーンは号泣ものだった。

なんてったって、アラサーにとってCHE.R.RYの威力はすさまじいものがある。

アラサーでCHE.R.RYを知らない者はいない。

ただし、CHE.R.RYに対して抱く感情も人それぞれである

思春期にまっすぐ恋をしてきた人は何の疑念もなく共感していただろうし、あまりに自分の状況とかけ離れた世界観を苦く思って遠ざけていた人もいるだろう。

おそらく鹿浜は後者だったはずだ。

けれど、鹿浜にとってCHE.R.RYは「このサビをスルーできる人間はこの世に存在しない」曲であって、いつか誰かとカラオケで歌うことに心のどこかで憧れていたのかもしれない。

大人になって、同世代というだけで共通言語になる曲を、カラオケで肩組んで熱唱すること以上に尊いことってあるか? いや、ない。

その時だけは人格も肩書も、その時抱えている感情なんかもぜんぶ関係ない。

同じ世代を生きてきた者同士、懐かしい曲を懐かしいねといって歌うこと以外のどうでもいい現実は、その一瞬だけすべて無くなってしまうのだ。

おわりに

来週はついにヘビ女登場!ということで、ヘビ女を前にして馬淵や鹿浜はどのように変わっていくのか、とても怖くもあり楽しみでもあります。

警察に復帰した鹿浜も、メガネを外すという変化がすでに示しているように、きっとまた別の面を見せてくれるようになるに違いない。

そのとき、「警察が嫌い」だと言っていた小鳥や馬淵は、またどう変わっていくんだろう。

あと外せないのは安田顕の存在ですね。

鹿浜は「いま自分に見えている」ヤスケンを疑いまくっていたわけだけど、実は元弁護士ということが明らかになりました。

あの激ヤバ署長ともつながりがあるようで、第2章の展開がいまから恐ろしい……!

↓第4話考察はこちら

「初恋の悪魔」概要

2022年7月期 日本テレビ系ドラマ「初恋の悪魔」
放送日:毎週土曜日22:00~
主演:林遣都、仲野太賀
脚本:坂元裕二(「大豆田とわ子と3人の元夫」「カルテット」など)
プロデュース:次屋尚、池田偵子
演出:水田伸生、鈴木勇馬、塚本連平

ドラマ「晩酌の流儀」栗山千明の食べ飲みっぷりでツッコミどころを越えていけ


テレビ東京で毎週金曜深夜0時52分から放送の栗山千明主演ドラマ、「晩酌の流儀」

主人公が37歳の独身女性?

おいしい1杯を追い求めるグルメドラマ?

ビールとツマミを何より愛する30代独身女、しらこ。

これは見るしかない。

このドラマ、ビールとツマミがとにかくおいしそうなのだ!

……が、ツッコミどころが満載なので、ここはひとつツッコミながら感想を述べていきたいと思います。

 

 

テレ東ドラマ「晩酌の流儀」とは

【1日の最後に飲むお酒を、どうしたら最高に美味しく飲めるのか…】

というコンセプトで、「きのう何食べた?」などを手掛けた松本拓氏が原案・企画・プロデューサーを務める、新たな酒テロ・飯テロドラマ

主人公は、不動産会社に勤める37歳・独身の美幸(栗山千明)。

仕事は定時で退勤するのがモットーで、最高の1杯を飲むためにヨガやサウナに通っている。

私のようなお酒や食べることが生きがいの独身女にとって、まさにモデルケースのようなドラマである。

「晩酌の流儀」は楽しいツッコミドラマ

ツッコミ①金麦を飲むな

1話。出勤前につまみの仕込みをし、一生懸命に働き、仕事終わりにサウナで汗を流し……と最高の1杯のために努力を惜しまない主人公の姿を見守る私。

おいしそうなつまみも出来上がり、さてそろそろビールの出番だぞ!!!という期待感をあおられながら、ついに主役のビールが登場する。

主人公が「これだ~♡」とつぶやく視線の先に現われたのは、「金麦」だった。

「えっ、金麦?」

とこのドラマを見ていた誰もがツッコんだに違いない。

最高の1杯のためにあんなに努力していたのに、肝心のビールへの努力がみられない。

極限までがまんして「金麦」が出てくる肩透かし感……!!!

どうやら大人の事情で「晩酌」=「金麦」という図式になっているらしい。

つまりこのドラマ、「金麦の流儀」と言い換えられる。壮大な金麦広告ドラマである。

誤解のないように言っておくと、金麦には私も日々たいへんお世話になっている。

第3のビールとしては非常においしく値段も安く、とてもありがたい存在であることには間違いない。

だが美幸よ。

あんたは少なくともプレモルを飲んでくれ。

ツッコミ②美幸のおうちが大豪邸

主人公の美幸は、街の小さな不動産屋で働く30代である。

あんなデカい家、ふつう住めんって。

私の独断と偏見による推定家賃は、20万円以上。

30代独身女性にあこがれのライフスタイルを提供してくれるのはいいんだけど、過大な夢を与えられると逆にライフが削られていくのは私だけだろうか。

金麦で親近感を演出するのなら、おうちのほうももう少し親近感があるとありがたい。

ツッコミ③美幸、時間の使い方うますぎ問題

18:00に会社を退社。

→サウナやジムで汗を流す。

→スーパーで買い物。

→つまみを調理。

19:30に晩酌開始。

いやいやスーパーマンすぎるって。

えっ、世の中の女性はこれくらいの時間で動けちゃうもん?

私なら、移動やら着替えやら含めるとスーパー着いた時点で19:30になってるはず。

買い物30分、調理に30分で、晩酌開始は21時ごろになると思われる。

美幸よ。

晩酌の流儀よりもその時間の使い方を教えてくれ。

 

 

栗山千明の食べ飲みっぷりがツッコミどころを越えていく

とまあ、観ながらもやもやしていた気持ちを晴らすべく思う存分ツッコませていただいたけれど、観たら思わず飲んだり食べたくなるグルメドラマであることには間違いない。

何よりも、栗山千明の食べ飲みっぷりがたまらなくいい

「食べものが口に入っているのにビールを飲むなんて!」みたいな声もあるようだけど、そこまで育ちがいいわけではない私はまったく気にならない。

料理も毎回おいしそうで、特に私が気になったのは6話で出てきた「納豆スンドゥブ」

スンドゥブに納豆って入れたことなかったけど、おいしいの……?

かなり半信半疑ではあるものの、美幸は「納豆はスンドゥブに入れた時が一番輝く」と言っていたので、ぜひ今度試してみたい。

 

おわりに

いろいろツッコんだけれど、ビールとごはんはとにかくとてもおいしそうだ。

大人の事情は多々あれど、うまい酒とうまいツマミをうまそうに食べるという"グルメドラマの流儀"に沿っている。

30代独身女性が、おひとりさま晩酌のお供に観るのはぴったりだ。

私も今度、納豆スンドゥブつくって金麦飲んじゃおう(完全なるカモ)。


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「僕の姉ちゃん」が面白い理由5つ。疲れた日の夜に観たいホットミルク的ドラマ

去年Amazon Primeで先行配信された益田ミリ原作のドラマ「僕の姉ちゃん」

そういえばいつからテレ東で放送されるんだろうと思って調べると、ちょうど7月27日から放送開始されたらしい。

放送日時はというと、毎週水曜日の深夜1時とのこと。

私はこの放送日時になんだかとても感動してしまった。

週の真ん中の、深夜1時。

「僕の姉ちゃん」は、まさにそういう時間がぴったりのドラマである。

ドラマ「僕の姉ちゃん」のいいところ5つ(+番外編)

姉と弟の何も起きない日常をのぞき見できる

これは、僕と、僕の姉による

つかの間の、ふたり暮らしの記録です。

ーー益田ミリ『僕の姉ちゃん』より

原作の1ページ目をひらくと目に入る文章だ。

ドラマの冒頭で僕(杉野遥亮)が言うセリフでもある。

この言葉どおり、僕と姉ちゃん(黒木華)が同じ屋根の下で交わす会話が、このドラマの中心となっている。

僕は、まじめで不器用、恋にも奥手な新入社員。

対して姉ちゃんは、恋愛対象ではない男からの電話に「今ほうれん草ゆがいてました♡」と平然と噓をつく、人生の先輩である。

そんな2人が、仕事をし、家に帰り、ごはんを食べ、適当に会話をする。

それ以外に大きな事件は起きない。

姉と弟の、つかず離れずなふたり暮らしをのぞき見させてもらうようなドラマだ。

軽やかで説教くさくない姉ちゃんの言葉たちに救われる

「姉ちゃんって人生でやり直したいこととかなさそう」

「そんなことない。いつも30分前をやり直せればいいわな」

「はい?」

「それで大体のことはうまくいく」

――ドラマ「僕の姉ちゃん」第1話より

このドラマの見どころの一つは、姉ちゃんの名言っぽい言葉にある。

「本当かよ」と言いたくなるけれど、なんか本当っぽい言葉。

すごく大切な教訓になりそうな、実はそうでもなさそうな言葉。

そんな"名言っぽい"姉ちゃんの言葉は、説教くさくなく私たちの心に入り込んでいく。

で、一晩眠ったら忘れている。それくらいの、ちょうどいい軽さがあるのだ。

「僕の姉ちゃん」に社会の生き抜き方を学べる

姉ちゃんは自由奔放に見えるが、きちんと社会に適合している器用な女である。

興味のない上司の話にも、愛想笑いで対応する。

で、「疲れた~!」と帰ってきて、わーっと愚痴を言って、けろっと笑っている。

あー、これでいいんだよな。社会の生き抜き方なんて。

と、この姉ちゃんを見ているとそう思えるからふしぎである。

「自分を大切にしよう」とか「やりたくないことはやめよう」とか、最近ちまたであふれてるこういうメッセージに、逆に疲れることってないだろうか。

この姉ちゃんなら絶対そんなこと言わないだろうな、っていう安心感があるんだよね。

たまに自分のためにケーキ買ってみたり、いけ好かない女のまねをしてみたり、弟に軽口たたいてみたり。

きれいごとじゃなく、やりたいようにやり過ごせばいいのだ、毎日なんて。

独身アラサー女性の夢みたいな暮らしを追体験できる

「僕の姉ちゃん」は、独身アラサー女性の夢が詰まったドラマでもある。

  • 家の最寄りは江ノ電、湘南の鵠沼駅。
  • おしゃれ家電メーカー勤務、イカしたインテリアに囲まれたオフィスで働く。
  • 理解の追いつかないおしゃれセットアップで通勤。
  • 絶妙にセンスがいい、縁側のある家。
  • だからといって"丁寧な暮らし"ではない。
  • 部屋着はスウェット、料理はしない、缶ビールで晩酌。

あかん。理想の暮らしすぎる。

黒木華と杉野遥亮の好演で世界観に浸れる

こんなイイ感じの暮らしで自由に生きてる女性を、嫌味なく演じられる人がいるのか?

それがいるんだ。名前を黒木華という。

私は益田ミリさんのファンで、「僕の姉ちゃん」もドラマ化が決まる前から愛読していた。

姉ちゃん役が黒木華だと聞いて、それじゃあただのハイセンス嫌味女になってしまうんじゃ…?!と一瞬でも思ってしまったことを本当に謝りたい。

仕事にも恋愛にもこなれているけどどこか等身大、弟を多少見下しているけれど悪口にならない、格言めいたことを言うけど決して勘違い女ではない。

その絶妙な塩梅を、黒木華が見事に演じている。

そして弟の僕を演じるのは杉野遥亮。

しっかりお芝居を見たのはこのドラマが初めてだったんだけど、びっくりした。

杉野遥亮のイケメンさが完全に消えている。

まじめでぱっとしない、どこにでもいそうなザ・普通の男になりきっている!

こういう力関係と距離感の姉と弟、いるいる……!って思わせてくれる2人のお芝居にも、ぜひ注目してみてほしい。

番外編:姉と弟という関係

とはいえ本当にこんな姉と弟いるのかよ?と思う人に答えを授けたい。

いる。この姉と弟は、まさしく私とマイブラザーそのものである。

夜ごはんはそれぞれ自分の分だけ買ってくる。

決して自炊をして弟(姉)の分までつくってあげようなんてことにはならないし、ケーキだって買うのは自分の分だけだ。

けれど同じ屋根の下にいれば、同じ血を分けた者同士、話をする。

別にまじめな話なんかじゃない。なんとなく話したいことを話すだけ。

こういうつかず離れずな関係性はもしかしたら、姉弟の特有な感じがあるのかもしれない。

姉妹ほどウェットじゃなく、兄弟ほどドライじゃなく、兄妹ほどきょうだいっぽくない(一部偏見を含みます)。

姉弟というと、ドラマでは肝っ玉姉ちゃんみたいに描かれることが多い気がする。

でも私にとっては、「僕の姉ちゃん」のほうがリアルであり現実だ。

たがいのことにそこまで興味はないが、まったく興味がないわけではない。

この姉と弟の距離感を私は気に入っているし、それを描いたドラマができたことが嬉しい。

おわりに

疲れのたまってきた週の真ん中、眠りにつく前の深夜1時。

軽やかな姉ちゃんの"ちょうどいい"言葉は、そんな時間にぴったりだ。

「行ってきます」と「ただいま」以外、自由で気ままなふたり暮らし。

弟と姉のささやかな日常は、社会に疲れ切った私たちの心をほぐしてくれる。

眠る前のホットミルク代わりに、のぞき見するのも悪くないだろう。

おわりにのおわりに

もし少しでも気になったけどそれでも観るか迷う方は、主題歌であるOKAMOTO'Sの『Sprite』だけでも聴いてみてほしい。

この曲が抜群にドラマに合っているし、めちゃくちゃいい。

いつか私は自分の結婚式でこの曲を流すことを、ひとり勝手に夢見ている。

仕事帰り、最寄り駅から家までの道で聴きながら帰ったりするのなんかもオススメだ。

自分のどうでもいい日常が、その時だけは少しドラマティックに思えるかもしれない。

【ネタバレ】「初恋の悪魔」4話考察。馬淵の言葉は伏線?

ドラマ「初恋の悪魔」4話の感想です。

星砂に向けて馬淵が言った「僕が知っている限り、あなたはいなくなりません」という言葉、星砂はいつか消えてしまうほうの人格であることの伏線にも聞こえました。

「大豆田とわ子と3人の元夫」などで、生きている人間と死んでしまった人間の関係性について名台詞を残している坂元裕二。

「初恋の悪魔」では、消えていく・入れ替わっていく人格と、残っている・いま現れている人格を受け入れていく様を見せてくれたりするんでしょうか?

 

 

【ネタバレ】「初恋の悪魔」4話考察レビュー

「僕が知っている限り、あなたはいなくなりません」

自分はいったい何者なのか。

何もできないまま、消えていくんだろうか。

そうやって消えてしまったら、どうなるんだろうか。

そういう恐怖を感じながら生きている人はとても多いはずだ。

そんな人に向けた一つのアンサーが、この台詞だったように思う。

「僕が知っている限り、あなたはいなくなりません」

自分が何者かわからなくても、たとえ何もできなくても。

だれかが好きな食べ物を知ってくれている限り、そもそも私たちはいなくなったりしないのだ。

「大豆田とわ子と3人の元夫」の台詞と共通すること

それはいつか死んでしまったとしても同じことだ。

「大豆田とわ子と3人の元夫」で、とわ子から親友の死を打ち明けられた小鳥遊が、こんな言葉をかけるシーンがある。

「過去とか未来とか現在とかそういうのってどっかの誰かが勝手に決めたものだと思うんです。(中略)人間は現在だけを生きてるんじゃない。

「だからあなたが笑ってる彼女を見たことがあるなら、彼女は今も笑ってるし。」

「幸せな結末も悲しい結末もやり残したこともない。あるのはその人がどういう人だったかということだけです。

馬淵の言葉と小鳥遊の言葉、根底を流れる考え方は通じるものがある。

過去とか未来とか関係なく。

何をしたとかしていないとかも、関係なく。

私が知っているあなたがどういう人だったか、好きな食べ物や嫌いな食べ物はなんだったか、そういうことが全てであって。

それを私が知っている限り、あなたは存在し続けるんだ、ということ。

私はね、この考え方がすごく好きなんですよね。

星砂が消えたら、馬淵と鹿浜はどう受け止めるのか

大豆田とわ子は生と死の話だったけど、「初恋の悪魔」で解釈するなら。

自分に見えている姿があらゆる側面のうちのたった一つだったとしても、自分にとってはそれが全てになる。

ってことなのかな。

……よく分からなくなってきたぞ!!!

ただ、星砂は消えてしまう側の人格な気がプンプンしますね。

星砂が消えてしまってヘビ女が残ったとしたら、馬淵はどう受け止めるんだろう。

馬淵はさ、星砂という人格にしてもらったことが明確にあって、それで惹かれていったことが観ている側も何となくわかる。

だから星砂が消えてしまったら。自分が好きになった人格がいなくなったら、どうなるんだろうって思うんだよね。

でもじゃあ、鹿浜は?

鹿浜は星砂と話したわけでもないし何かをしてもらったわけでもなくて、好きになった理由が不明確ですよね。

だから鹿浜は、ヘビ女にとまどう理由もそんなにない気がするんだよなあ。

 

 

「初恋の悪魔」「大豆田とわ子」東野圭吾「時生」の関連性

余談ですが、東野圭吾の「時生」という作品を読んだことがあるでしょうか。

不治の病に侵され死を目前にした時生が、過去にタイムリープして若き日の父親に出会うお話なんですが。

時生が父に向けて言う「明日だけが未来じゃない」という言葉が、馬淵や小鳥遊の言葉から解釈できる考え方と似ている部分があるなあと、ふと思い出したんです。

時生のセリフ「明日だけが未来じゃない」とは

死を目前にしてタイムリープした時生は、まさに過去も未来もない存在。

ある地点では死を迎えるのに、ある地点ではかつての父親と出会い笑っている。

時生はまさに、「明日だけが未来じゃない」旅をするんです。

小鳥遊の言う「人間は現在だけを生きてるんじゃない。」のとおりです。

いま目の前からいなくなってしまっても、どこかの地点では会えるんですよ。

その人のことを知っているなら。

もし読んだことがない方は、ぜひ読んでみてほしいです。

小鳥遊や馬淵の言葉の意味が、別の物語を通してより理解できるかもしれません。

ちなみに、私はこの「時生」が小説の中で一番好きです。

おわりに

何となく気になってるんですが、前回居酒屋でトマトを食べていた人格って、ヘビ女なんでしょうか?

ブランド物を買い漁っていた人物像とあんまり一致しないんですよね……

あとうさんくさすぎた署長、やっぱり怖すぎた。

↓5話の考察・感想はこちら

shirakonikki.com

「初恋の悪魔」概要

2022年7月期 日本テレビ系ドラマ「初恋の悪魔」
放送日:毎週土曜日22:00~
主演:林遣都、仲野太賀
脚本:坂元裕二(「大豆田とわ子と3人の元夫」「カルテット」など)
プロデュース:次屋尚、池田偵子
演出:水田伸生、鈴木勇馬、塚本連平


時生 新装版 (講談社文庫) [ 東野 圭吾 ]